khurata’s blog

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総理にされた男 (中山七里・著)

<この記事は普段フィクションをほとんど読まない私が作者や作品などの情報・評判を全く知らずに、ただ作品だけを読んで好き勝手に書く読書感想です>

 政治や時事ネタを扱っているので、鮮度が落ちないうちに読むべきエンタテインメント・サスペンス作品。 本作の発表は2015年だが、2020年初頭においてもまだ鮮度は充分。

 本作を読んでどうしても思い出すのは木村拓哉主演のTVドラマ『CHANGE』である。 「1年生」総理の長い演説が白眉となる作品構成は、おそらく『CHANGE』のオマージュなのか、それともこうした作品はそういう構成が必然であるのか……。 とまれ本作で総理に仕立て上げられてしまう受けない役者『加納慎策』は、(「キムタク総理」と同じく)政治や国会の事を何も知らぬまま内閣の中枢に送り込まれてしまい、素人ならではの思いと政治の実情との間で悩み苦しむ。 『CHANGE』もそうだったが、本作も、「素人総理」と同じ目線を読者が持つことによる、国会や政党政治の入門テキストの一面を持っている。 しかしだからといって硬くもなく、エンタテインメント小説としての面白さは一級品だ。 また、登場する政治家の何人かは、「どう考えてもこの人がモデルだろう」と分かってしまうのも本作を読む楽しみのひとつ。 特に「樽見」は菅義偉官房長官(当時)の姿を、「大隈」は小沢一郎氏の姿を思い浮かべながら読まざるを得なかった(笑)。

 もちろん『CHANGE』と似てはいつつもその真似ではなく、『CHANGE』放送時には発生していなかった東日本大震災や、『CHANGE』では取り上げなかった某占拠事件など、緊張感を持って読ませる本作ならではの大きなイベントが有る。

 主人公が心の中で「イッツ・ショータイム」と言っている間は総理を役者として演じていたのが、そのうち「イッツ・ショータイム」が無くなり、主人公は総理の政治家人生を「生きる」(演じるのではなく)ように変わってゆく、という心理描写も上手い。

 また『CHANGE』では「新人総理」を支える数々の有能なスタッフが居たが、本作中、加納慎策は全く自らの正体を知る者が居ない孤独の中で、前代未聞の重大な決断を下す羽目に陥ってしまい、読者の手に汗を握らせる(戦後の憲法や法制では国民の命を守るには充分で無いばかりか、現行憲法・法制下で国民の命を守ろうと奮闘する人達に向かって声高に非難を浴びせる人々の姿が描かれている場面を見ると、本作は痛烈な「九条」批判の書とも受け取れる)。

 抜群の破壊力を持つラストシーンの決め台詞も心憎い。 読むなら早めに、という作品だ。 

総理にされた男

総理にされた男

 

勝手に正誤表

 文庫版 第2刷 P.239 誤 でしようか → 正 でしょうか