khurata’s blog

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四日間の奇蹟 (浅倉卓弥・著)

<この記事は普段フィクションをほとんど読まない私が作者や作品などの情報・評判を全く知らずに、ただ作品だけを読んで好き勝手に書く読書感想です>

 先ずは、本作が新人のデビュー作であるという事を知って、驚くばかりである。 確かに、物語を動かす仕掛けは手垢の付いた陳腐なものだし、ヘリコプターにそんな事が起きるのかは知らないが(※)、しかしそれらを差し引いて尚、あまり有り過ぎるほどの迫力と読後感が確りと本作には在る。

 執筆当時先端的だった脳科学的知見を読者に見せ乍らも、冒頭から現代科学では解明できないであろう者の存在を匂わせる。 そしてその者の「手」は、登場人物達の前に確かに現れ、読者もその存在を感じる事になる。

 本作では物語の最初から最後まで、二人の主人公と言うべき「如月」と「千織」が居るのだが、作者が表現したい主題を言い表す実質的な主人公は、おそらく「真理子」である。 真理子は、普段は快活で仕事に満足しているように見えるが、心の奥底では自分の人生を肯定し切れていなかった。 初恋は流れ、幸せな結婚生活は長く続かず、子を産めない事が分かり、両親を失い、彼女には帰るべき家族も血縁も無かった。

 そんな真理子は、会ったばかりの他人である千織を、自らの身を挺して守る。

 千織はサヴァン症候群の患者ではあるが、千織の心は「健常者」の心よりも、ずっと寛容なのかも知れない。 その心の在りようが、「依り代」としての働きを可能にし、その働きが、自分を守ってくれた真理子のために動いたのではなかろうか。

 最期の四日間で、真理子は遂に自らの肯定に至り、如月への秘めた想いも成就し、満足してこの世を去ってゆく。 そのクライマックスシーンで如月が見せる超絶的迫力のベートーヴェン『月光』の演奏描写はまさしく圧巻。

 本作は、音楽に異常な才を見せるサヴァン者・千織を「何者か」が「使って」、真理子の魂を音楽により浄化し、あの世へとすくい上げる物語である。 そう書いてしまうと陳腐なのだが、本作の内容は奇蹟と呼ぶ他無いのだ。 作中で医師「倉野」は「人間は動物と違って血縁でない他者のために自らをなげうつ事ができる」と言うが、それをした真理子は、千織にとって「顕現したキリスト」だったのかも知れない。 思えば真理子という名前すら暗示的であるし、倉野が語る「人間と動物との違い」や、主人公が終盤に得る思いなどを通じて、本作は読者に対して「人間とは、心とは、音楽とは」を深く問いかける。 その点で、本作は実に文学をしている。 本作は「このミステリーがすごい!」第一回金賞だそうだが、人為的な謎を解く小説の枠に収まらず、「神秘・不思議」という、より普遍的な「ミステリー」を読者に提示している。 

四日間の奇蹟 (宝島社文庫)

四日間の奇蹟 (宝島社文庫)

  • 作者:浅倉 卓弥
  • 発売日: 2004/01/01
  • メディア: 文庫
 

 ※多分起きないと思う。事故報道として聞いた事が無いし、航空機は一般に落雷対策をしているはずである。とは言え、その事が本作から得られる感動を減ずるものではない。