khurata’s blog

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さまよう刃 (東野圭吾・著)

<この記事は普段フィクションをほとんど読まない私が作者や作品などの情報・評判を全く知らずに、ただ作品だけを読んで好き勝手に書く読書感想です>

 読後まず思ったのは、これは「忠実な」商業映像化が不可能な作品だと言う事だ。 主人公「長峰」や「鮎村」が見た、自分の愛娘が凌辱される惨酷な映像は、その映像が克明であるがゆえに、彼ら父親二人の復讐心を明確に、深く、根強いものにしている。

 10代中頃の少女達が陰部も露わにさせられ凌辱の限りを尽くされる、父親の理性も遵法精神も吹き飛ばす映像は、TVや映画やVシネマどころか、商業漫画でさえも表現は難しい。 その凌辱場面が克明に、すべてを映しているのでなければ、父親二人の動機は弱いものになってしまうからだ。

 その点で、著者はまさしく小説家なのだと思う。 小説でなければ描けない物語を、小説という表現形式を自在に用いて、見事に描き切っている。 長峰の無念が刑事達に伝わり、「久塚」刑事の心を動かすに至る、というのも、惨酷過ぎる映像が在るからだ。

(私は読後に本作が映画化されていた事を知ったが、きわめて重要なシーン、すなわち未成年の少女が繰り返し凌辱されるシーンは「忠実」には描写できなかったはずである。しかしそれが無ければ、長峰や鮎村の思いと行動は共感できまい)

 我が子を不慮の事故で亡くした「和佳子」と、長峰の間の、奇妙な友情めいた交感が、激しい事件の奔流に呑まれる読者の心を静かに揺さぶるのも心憎い話運びである。

  また、物語を通して長峰に働きかける謎の通告者の正体についての重層的な話は、さらなる読み応えを醸し出している。

 最後に和佳子の声が聞こえた時、長峰の魂は果たして救われたのであろうか。

  作中、確たる信念を持って一貫した行動を取る人物は長峰と鮎村だけで、他の人物達は、皆迷いの中で行動する。 愛娘を凌辱され奪われた父親二人のみが、動かない信念を持っていた。 しかし長峰の信念は、一度は和佳子の説得によって揺らいだ。 長峰の耳に和佳子の声だけが届いたのは、それほどの信念にも揺らぎを与えた唯一の人間の声だったからであろう。 

さまよう刃 (角川文庫)

さまよう刃 (角川文庫)

  • 作者:東野 圭吾
  • 発売日: 2008/05/24
  • メディア: 文庫